fbpx
MENU

インフラ整備にかかる要望のあり方

春から夏にかけて、

「○○自動車道建設促進期成同盟」
「国道△△号拡幅連絡協議会」
「▼▼水系河川改良促進期成同盟会」

などの総会、いわゆる陳情や要望活動が公的に活発になり、

我々議員はそれらの陳情書や要望書をお受けする。

議員になって最初のうちは、なるほどこの地域にはこういう要望や課題があるのだな、

という機会も多く、活動の参考や知識の蓄積にもなるが、

年月を経るごとに多少なりとも違和感を覚えることも出てくる。例えば、

道路を新しく造ってほしいという要望があったとして、総会の中で

「この街は将来的にはこういう都市像を目指していて、

その際にはこの道路がこういう位置づけとして機能することになり、

付加価値としてはこのような効果が見込まれ、

逆に負荷としてはこのような影響が見込まれるがその手当はこのように行うため、

将来的にはこのように持続可能な事業となる。」

といった論理的な説明がなされれば、それは大そう有意義な時間になると思う。

しかし実際には、継続事業を丸ごとそのまま今年も引っ張ってきたり、

要は「あると便利だ」の域を超えない説明に止まる機会が多いように感ずる。

形式化・マンネリ化が進み、おそらく説明者も何らかの悩みを抱えていることだろう。

また、要望活動が熱心なことはいいことだが、

本来必要性が低いことについて要望が熱心な場合にはなんともコメントし難い。

今般の限られた財源の中、また全ての要望が何らかの必要性を抱えてあがってくる中で、

それらを公平・公正に捌いていくには、

「これをやって下さい。必要です。」「はい、善処します。頑張ります。」を繰り返すだけでは

これからの時代に心もとない。

やはり、要望する側も要望される側も、新しいスタイルのやり取りの必要性を感じているはずだ。

ひとつには、それぞれの事業や要望についてどのような優先順位をつけていくべきか、

より明確な基準を持ち、それをもっと内外に示していく必要があるのではないか。

実際にはそうではないから、

われこそは権力者を名乗る人物が出てきてしまったり、

ときに無意味な公共事業に注力してしまったり、

陳情や要望が過熱してしまったのだろう。

昔ほどではないにしろ、いまもそれらは残っていて、新しい道筋をつけられていない。

「何十も要望あるけど、とりあえず全部書いとけ。」

「今年も去年までと同じ内容で出しておけば問題ない。」

「これを出しておけば何となく格好がつく。」

時折これらの声を側聞するにつけ、

あるいはそれらを推察する機会に触れ、建前と本音の合間で考えることは多い。