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そしてまた辻立ち いざ、松本市長選挙へ

2012年以来、辻立ちを重ねてきた。

選挙時以外でも定期的に辻立ちをしてきたので、

辻立ちばかりはベテランの域に入ってきているのではないかと思う。

私の場合、辻立ちをする場所は駅前や商店街ではなく、

もっぱら市街地を外れた交差点。

したがって「政策をしっかり聞いてもらう」というよりは

「声を聞いてもらう、姿を見てもらう」という刹那的な意味合いが強い。

ただのパフォーマンスだという人もいるが、

必ずしもそうは思わない。

何をやっているのかよく分からないといわれる政治の世界にあって、

どのような振る舞い、出で立ちでマイクを握っているのか、

字面を追っているだけでは見えないものも感じることができると思う。

それに話し方には個人の癖があるので、

議会で発言しているときのように交差点でも喋っているはずだ。

スポーツ試合の例えで、練習は本番のように(熱心にやるべき)、

本番は練習のように(平常心で臨むべき)、とよく言われる。

辻立ちが練習というわけではないが、

仮に誰かが聞いていようがいまいが、

辻立ちを議会場だと思って真剣にやると、

案外議会での発言がスムーズに進む。

これまでそういう経験がよくあった。

そういう意味では辻立ちは自分の活動にとっての円滑油でもある。

辻立ちは直接的な市民への語りかけでもあるが、

市議会での自分の立ち振る舞いでもあると思って、

凛としたい。